弁護士 佐藤初美

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経歴

1966年11月 川俣町で生まれる
1985年3月 福島県立福島高等学校卒業
1989年3月 福島大学経済学部
夜間主コース卒業
1996年11月 司法試験合格
1998年3月 最高裁判所司法研修所
第50期司法修習修了
1998年4月 弁護士登録・開業

その他経歴

福島県弁護士会副会長(2010年度)
同会示談あっせんセンター運営委員会委員長
同会刑事弁護センター委員会委員長
同会弁護士会照会委員会委員長等
福島県情報公開審査会委員
同県公益通報担当弁護士
同県建設工事紛争審査会委員等  以上歴任
 

ごあいさつ

私は、高校卒業後、地元の町役場に就職し、福島大学経済学部夜間主コースに通っていました。ただ、常に心の中に、「何かやり残したことがあるような・・・」「何か全力でぶつかれることをやってみたい」というような考えがくすぶっていました。
 
そんなある時、大学の生協で、立ち読みした本の、「(司法試験は)あらゆる国家試験のなかで、問題の質的水準、合格率のどちらからも、最も難しいものとされてきた」「しかし、それだけに法律学を専攻する学生にとって、その青春すべてをかけて立ち向かうにふさわしい試験といえうる」という文を読み、また、本が好きでしたので、本を読むことなどで身に着けた法的知識等を活用して依頼者や社会のために活動する弁護士の仕事は、自分にあっているのではないかと思い、司法試験の受験を決意しました。

受験を決意してからは、1回で合格しようと、2年半勤めた役場を退職し、ゴルフ場のキャディ、塾講師、家庭教師、テレビ局のカメラマンの助手などのアルバイトをしながら、実家で一人で勉強をしました。そして、大学3年生の11月末に司法試験の第1次試験(大学入試のような試験)を受験し、合格することができました。   0093.jpg
 
翌年から、司法試験の択一試験の受験を開始しました。最初のころは60点満点の6割程度の得点、その後、得点は次第に上昇したものの、7割前後の得点で伸び悩み、結局、5年連続で不合格でした。毎年、合格発表の会場で不合格を知り、「また1年同じことを繰り返さなければならないのか」、と帰宅の際の重い足取りを覚えています。このころ、心の支えになったのは、このような状況でも、受験を続けさせてくれた両親や今は亡き祖母の存在でした。

そこで、5回目の択一試験の受験後、勉強法を改めたところ、6回目の択一試験では、合格推定点を2点上回り合格できました。そして、初めての論文本試験の成績は総合E。
 
その結果を受けて、答案を書く勉強をしていなかったのを書くように改めました。7回目の択一試験では、合格推定点を4点上回り合格できました。そして、2回目の論文試験では、総合Bとなり、翌年への意欲がわきました。

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平成8年、8回目の択一受験では、合格推定点を6点上回り合格できました。3回目の論文試験、そして、最後の試験となる口述試験も合格できました。 

その後、平成10年に、司法修習生時代に貯金した100万円と銀行からの借り入れをもとに独立開業し、現在に至っております。
 
以上のとおり、決して順風満帆な道のりではなく、多くの失敗、挫折、悩みを経験し、家族を中心とした周囲の人々に支えられて弁護士になることができましたが、その分、「依頼者・相談者の悩みや苦しみを理解し、勇気付けることができたら」と考えております。

資格          

ファイナンシャルプランナー(AFP)・介護職員初任者研修修了

趣味          

読書、滝・花・樹木など自然に触れること、プロ野球観戦、体を動かすこと
 

好きな本

歴史・人間に関する本
 

好きな映画

フォレスト・ガンプ、鉄道員
 

好きな音楽・曲

クラシック、「明日への鼓動」「heavenly blue」「イマジネーション」など
 

好きな言葉

一燈を提げて暗夜を行く。 暗夜を憂うること勿れ、只一燈を 頼め。(佐藤一斎)
(提灯を掲げて暗い夜道を歩む。夜道の暗さ(自分の置かれている厳しい 状況)を嘆き悲しむな。 只ひたすらに提灯の一燈(僅かな可能性)を信じて迷わず進め。)
六然(崔後渠)
自処超然(自分自身に関しては、一切とらわれず)
処人藹然(人に対しては、和やかに接し)
有事斬然(何か事があれば、活き活きと活気に満ち)
無事澄然(事がなければ水のように澄みきって)
得意澹然(得意なときは、謙虚であっさりしていて)
失意泰然(失意のときは、泰然自若としている)
 

好きな食べ物

八朔、リンゴ、バナナ、トマト、スイーツ
 

好きな観光地

歴史を感じられる場所